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   川の流れのように、ゆったり、のんびり、ほっとするような内容を綴っていこう。

2007年08月22日

小田原へ (2.地獄から天国へ)

熱が39度を超えた事で周りの反応も変わってきた。

私の風邪を娘に移してはいけないと思い2階の部屋を独占隔離することを提案すると満場一致で可決され、私はひとり部屋へと隔離されることになった。

そしてばぁばは、直ぐに熱サマシートを買いに走ってくれた。
カミさんは、水枕を用意してくれた。
弟は、卵酒を作ってくれた。
娘は、「いたいのいたいのとんでケー」をしてくれた。
更に、寝る前に私の部屋へ訪ねてきて、
「はやくよくなってね」と言って、チュッとkissをしてくれた。(嬉)
またしても風邪をひいて良かったぁと思っている親バカがそこにいた。

みんなからの手厚い看病を受け俄然やる気だ出てきたので風邪野郎を叩き出してやろうと躍起になったが、何も出来ない事がわかり素直に寝ることだけに専念した。
何度も目が覚め熱を測ると午前0時過ぎには38度台に下がった。
そして朝4時に目覚めて体温を測ってみると37度台まで下がった。
更にもう少し寝て朝8時くらいには平熱の36度台まで下がった。

1日で39度の地獄から天国へ舞い戻る事が出来たのだ。
(これもひとえに皆の看病のお陰、感謝)

まだ少し頭はクラクラするがもう大丈夫だろう。
福岡に帰る前日なので帰り支度をしたり、番犬の柴犬「りー」(”ひまわり”の”り”を取って命名)を散歩へ連れていきながら外の空気を吸って体力回復に努めた。

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そして小田原に行くと必ず食べに行く大好物の喜佐衛門(きざえもん)のヒレかつを食べに、昼はカミさんと娘と3人で行った。
私はここのヒレかつより旨いヒレかつを未だかつて食べたことがない。(ヒレかつ定食 1280円也)

20070822_2.jpg画像クリックで拡大表示

夜、最後の晩餐は、ばぁばが絶品の天ぷらを揚げてくれた。
そして翌日の10時過ぎ、いよいよお別れの時を迎えた。
お礼を言って実家を後にし、小田原駅から湘南ライナー、京急と電車を乗り継いで、一路羽田空港を目指した。
娘は興奮していたのか実家から羽田空港までの約2時間の間一度もおしっこをしなかった。
そしていよいよ娘にとっての初飛行の瞬間が訪れた。

20070822_3.jpg画像クリックで拡大表示

飛行機はゆっくりと滑走路へ向けて動き出した。
滑走路に着くとしばらく停止し、エンジン音が徐々に大きくなるとジェットエンジンが火を噴き急発進し、すぐに機体は大地から離れていった。
機体がだいぶ上昇すると、飛行機は西の方向へ大きく旋回を始めた。
とその時、私の膝の上に抱っこしていた娘が突然私の胸に顔をうずめてきた。
少し怖いのかな、と思いそっとそのままにしておき、ふと娘を見ると・・・
なんとぐっすり寝ていた。
まだ雲の上も見ていなのだが、そのうち起きるだろうと思い、私は窓から見える天国のような大雲原を飽きることなく見ていた。
そして、しばらくすると「まもなく着陸態勢に入ります」のアナウンスが。
カミさんが慌てて娘を揺すり起こしたが、その時既に遅く、もう機体は雲の下であった。

結局、娘の初飛行は雲の上でずーっと居眠り飛行をしていたことになる。
娘の空の旅はボーッとあの雲のように薄い記憶しか残っていないのだろうが、糸島の我が家に帰り着き、小田原のばぁばとの電話で娘は

「ちこうきのったよ!」(訳:飛行機乗ったよ!)

と元気にカタっていた。


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posted by nori at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 娘(2歳)
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