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   川の流れのように、ゆったり、のんびり、ほっとするような内容を綴っていこう。

2007年01月25日

スコット・ラファロと蝶

1961年6月25日、ニューヨークのジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」は静かな興奮に包まれていた。
午後2回夜3回のステージは、RIVERSIDEレコードの手によってライブ・アルバムとして録音された。
グラスの触れ合う音、食事をする客の話し声や笑い声、演奏が終わった後の拍手も全てそのままリアルに。
このアルバムを聴くと1961年にタイムスリップし演奏が行われたクラブに自分もいるような錯覚を覚える。

アルバムタイトルは「Waltz for Debby / Bill Evans Trio」

ワルツ・フォー・デビイワルツ・フォー・デビイ/ビル・エヴァンス


この時のエヴァンスのピアノトリオは、ピアノ、ベース、ドラムスの三者が対等の比重で強調しあうという意味において(ベースやドラムがメロディー楽器としての機能を果たす)、いわゆる近代ピアノトリオスタイルの基盤を築いた。
当時ではかなり突出した、新しいコンセプションを生み出した画期的なスタイルだった。

ピアノのビル・エヴァンスは叙情的なメロディと独特のハーモニーで鮮やかな色彩を描く。
ドラムのポール・モチアンは、単にリズムを刻むだけでなく、夜空に降り注ぐ雪、又はオーロラが夜空を舞うような全体の輪郭を描く。
そしてベースのスコット・ラファロが、2人がキャンパスに描いた輪郭と色彩に筆で動きを表現しひとつの絵(楽曲)を完成させていく。

ラファロのベースは、当時の一般的な地に這うような重層なリズムを刻むベースとは全く異なり、空を軽やかに舞う 蝶(ちょう) のように自由で軽快なメロディを刻む。
例えるならばボリショイ・バレエ団の華麗で軽やかなステップをそのまま音にした様なサウンドだ。
一瞬の迷いもなく次々に繰り出される音は、天才にしか成し得ない。
しかし、この録音の10日後に、ラファロは自動車事故により帰らぬ人となった。(享年25歳)
短い生涯に残された貴重な天才の記録となった。

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(写真:スコット・ラファロ)

ラファロの死後、エヴァンスは精神的なショックからしばらく演奏活動を行わず、翌1962年にスタジオでピアノソロを録音した時には4曲目を弾き終えたところで演奏を中断してしまい、作品は結局お蔵入りになってしまったというエピソードが残っている。
その後、多くのベーシストと共演するがラファロとのオリジナルトリオの域を越えるような作品はついぞ生まれることがなかった。

このアルバムは私のiPodにも常に収録しているが、これ迄で一番聞いているアルバムである事に間違いない。

20070125_3.jpg画像クリックで拡大表示

特に1曲目(My Foolish Heart)と2曲目(Waltz For debby)は永遠にかかっていてもいいと思わせる程の名演奏だ。
何度聞いても、新鮮で、美しく、飽きがこない魔法のアルバムである。

やはり天才が演(や)った音楽は違うなぁ。


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posted by nori at 00:14| Comment(2) | TrackBack(0) | JAZZ
この記事へのコメント
 ビル・エバンスの特徴は特に間の取り方が天才的です。ベースのラファエロとは演奏以上に魂の深いつながりがあり、彼にとってラファエロ以上のべーシストを見つけるのは事実上不可能でした。今頃天国でふたりで心置きなく好きなだけ演奏していることでしょう。
Posted by 花参道店主 at 2007年01月26日 12:59
花参道店主さん、コメントありがとうございます。
昨日、改めてエバンスの他のアルバムを聴きましたがやはり「Waltz for Debby」に勝るアルバムはなかったですね。
他のアルバムもいいんですがこのアルバムの完成度の高さは群を抜いています。
私も是非、天国で2人の演奏を生で聴いてみたいものです。(天国に行けるかな?)
Posted by nori at 2007年01月26日 14:09
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